
六百年の歴史をもつといわれる小布施栗。
町に積る資料によると永禄年間(1558〜1569)には栗林が小布施でかなりの面積を占めていました。
その起源については、さまざま な伝説が環されていますが代表的な説に「弘法大師伝説」と「荻野常倫の栗移植説」があります。

諸国巡行中の弘法大師が小布施に立ち寄った折「小布施」の名を命名するとともに地味に応じて栗を三粒まきこれが徐々に増えていったというもの。
自然現象の不思議を裏付 けるものなど弘法大師にまつわる伝説は全国に数知ず残っており、この説もそのうちの一つです。
弘法大師の徳にあやかって小布施の栗産業の発展を願う人々の気持ちがうかがわれます。

室町時代初期にその起源をおきます。
栗の産地として名高い京都の丹波から、荻野常倫という武将が小布施へ流れ着き、都住村字雁田に二十端城を築きました。
常倫は小布施の土質が栗に 適していることを知り、旧居城であった丹波から栗の苗木を取 り寄せこの地に広めたというものです。栗の椙樹は松川の氾濫防止にもつながったといわれております。いずれの説にも表れているように、小布施の土壌が栗の栽培に適していることは昔から知られていたよです。

栗林の一年は、冬〜春のせん定・整枝・施肥から始まります。
せん定は収量の安定と良質な栗の産出のための重要な作業です。
芽吹きの頃から下草管理が行われます。
繁茂した草は害虫の発生を助長し園内での作業の妨げにもなるため、きれいに草を刈ります。秋に向けて行う消毒は1シーズンに3〜5回。秋の収穫期、栗栽培農家は1年で最も多忙となります。
早生種の収穫が9月下旬に始まり、11月中旬までに晩生種もその作業を終えます。地元の奥さんたちが籠を片手に栗の実を拾い上げる風景は昔から変わらない小布施の秋の風物詩です。自然落下した栗、つまり完熟した栗だけを毎日拾い、燻蒸し害虫・病害果を取り除きます。
五段階に選別した栗を順次箱に詰めて、遅くも12月上旬までには出荷も完了します。
「今年の栗はお客さんの口に合うだろうか」などと考えつつ一息ついて、また次期への準備にかかります。

小布施よりはるかに大規模な栗の産地が、全国には何ヶ所もあります。しかし小布施は、生産量では他に譲りながら、品質ではどこにも負けない栗を生み続けています。昭和9年、日本一の栗産地を自他共に認める茨城県から栽培家が視察に訪れました。小布施の栗を見るや、その品質の高さを認め「小布施こそ日本一の栗の適地」と称えたといいます。

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